宇井純セレクション[1]
原点としての水俣病
- 四六判上製
- 416頁
- 2800円+税
- ISBN 978-4-7877-1401-5
- 2014.07.31発行
- [ 在庫あり ]
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書評・紹介
- 若松英輔氏評「犠牲者への連帯の決意」(「読売新聞」2014年11月2日)
- 若松英輔氏評「歴史と同時代を踏みしめる」(「京都新聞」2014年12月28日、ほか時事通信配信)
- 若松英輔氏「100分 de 名著『苦海浄土』」
- 松岡瑛理氏評(「週刊朝日」2014年10月3日号)
- 友澤悠季氏「ひもとく 人間としての言葉求め続ける」(「朝日新聞」2016年12月18日)
- 「朝日新聞」2014年7月27日
- 「東京新聞」「中日新聞」2014年8月10日
- 「沖縄タイムス」2014年10月21日、「琉球新報」2014年10月23日、ほか各紙(共同通信配信)
- 最首悟氏評(「図書新聞」2014年10月4日号)
- 「公明新聞」2014年11月24日
- 「公害を問う言葉、まず自らに」(「朝日新聞」2021年5月12日)
- 「より深く「水俣病事件」を理解するために」(「週刊金曜日」2021年10月1日号)
紹介文
公害との闘いに生きた環境学者・宇井純は、新聞・雑誌から市民運動のミニコミまで、さまざまな媒体に膨大な量の原稿を書き、精力的に発信を続けた。本セレクションは、その足跡と思想の全体像を全3巻にまとめ、現代そして将来にわたって、私たちが直面する種々の問題の解決に取り組む際につねに参照すべき書として編まれたものである。水俣病は終わっていない――生きるためにほんとうに必要な学問を求めて。
■石牟礼道子氏「小声で話される宇井さんが実に頼もしかった。ニトロをポケットにいつもしのばせて」
原田正純氏「権力には怖くて、弱者にはやさしい型破りの学者であった」
一技術者として水俣病の発生に衝撃を受け、原因究明と患者救済運動に奔走。
公害を生んだ思想への問いとして、東大自主講座「公害原論」を主宰する。
立身出世には役立たない、生きるためにほんとうに必要な学問を求めて。
公害との闘いに生きた環境学者・宇井純は、新聞・雑誌から市民運動のミニコミまで、さまざまな媒体に膨大な量の原稿を書き、精力的に発信を続けた。本セレクションは、その足跡と思想の全体像を全3巻にまとめ、現代そして将来にわたって、私たちが直面する種々の問題の解決に取り組む際につねに参照すべき書として編まれたものである。
「公害の因果関係を証明するのは、いつの世でもたやすい仕事ではない。公害の発生源とそれに連なる勢力は、できるだけ因果関係をあいまいにしようとして、あらゆる努力をするものである。」
「公害問題の解決にしばしば障害となったのは学問である。特に最高学府のモデルとしての東大は、過去の公害問題では足尾鉱毒事件の初期を唯一の例外として、常に加害者側についた。」
「学問の名によって切りすてられて来た人たち、社会の弱者として処理されて来た公害の被害者たちの願いを、学問の目標とする道は必ずあるはずである。」
目次
小さな声の宇井純さん――石牟礼道子
宇井純と水俣病――原田正純
I 水俣からの問い
コラムネコのたたり
水俣病の三〇年
一技術者の悔恨
東京でのいら立ち
現場の目通り抜けた明るさ
水俣病を追って
筆名:富田八郎(とんだやろう) 水俣病第一部序論
水俣病にみる工場災害
水俣病――現代の公害
新潟の水俣病(上)
阿賀野川を汚したのは誰か
銭ゲバは人間滅亡の兆し
不知火海調査のよびかけ
水俣病問題の真の解決とは
水俣病は終わっていない
水俣病――その技術的側面
水俣に第三者はない――水俣病公式発見五〇年に際して
II 自主講座「公害原論」
自主講座「公害原論」開講のことば
「自主講座通信」発刊にあたって
公開自主講座「公害原論」の生い立ち
東大自主講座一〇年の軌跡(上)
東大自主講座一〇年の軌跡(下)
自主講座「公害原論」の体験
III 生きるための学問
現場の目ここも地獄
公害の学際的研究
科学は信仰であってよいか
あてにできぬ科学技術
“硬直大学"解体せよ
「大学論」の講座をはじめて
自主講座「大学論」開講にあたって
東大解体こと始め
大学はどこへいく
非定型教育こそ
御用学者とのたたかい
大学と現場・地域をつなげる技術者として
解説問い続けることば、行動を生むことば――藤林泰