近刊
明白なものを取り、疑わしきは避けよ
真理の天秤
17世紀イスタンブルのイスラーム論争
- 四六判上製
- 216頁
- 3000円+税
- ISBN 978-4-7877-2419-9
- 2025.02.21発行
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紹介文
神学論争からコーヒーやタバコのような嗜好品の在り⽅まで――。17世紀のオスマン帝国で神学者のみならず⺠衆をも巻き込む⼤論争があった。伝統的なイスラーム教育とヨーロッパの知的潮流の架け橋となった、オスマン帝国最⼤の知識⼈がその対⽴の原因を冷静な筆致で記す「イスラーム」を知るための必読書、待望の邦訳。
目次
はじめに ジェフリー・ルイス
キャーティプ・チェレビーによる序言
第一章 預言者ヒドルの「生命」について
第二章 歌唱について
第三章 舞踏と旋回について
第四章 預言者と教友の祝福祈願について
第五章 たばこ
第六章 コーヒー
第七章 麻薬、阿片、その他の薬物
第八章 預言者の両親について
第九章 ファラオの信仰
第十章 シェイフ・ムフイッディーン・イブン=アラビーに関する論争
第十一章 ヤズィードの呪詛
第十二章 ビドア(逸脱)について
第十三章 墓参の巡礼について
第十四章 ラガーイブ、ベラート、カドルなど、余剰の礼拝について
第十五章 握手について
第十六章 お辞儀について
第十七章 正しきを命じ、誤りを禁じること(勧善懲悪)について
第十八章 アブラハムの宗教(ミッラ)について
第十九章 賄賂について
第二十章 エブッスウード・エフェンディ対ビルギヴィー・メフメト・エフェンディの論争
第二十一章 スィヴァースィー対カドゥザーデの論争
結語 著者に対する神の恩寵の詳述ならびに二、三の推奨
訳者あとがき
訳者解説 知の至人としてのキャーティプ・チェレビー
出版社からのコメント
本書の著者、キャーティプ・チェレビー(この名前は職業に基づくあだ名で、本名はムスタファ・ブン・アブドゥッラー。西洋ではハッジ・ハリーファの名でも知られています)は、17世紀オスマン帝国で活躍した知識人です。イスラーム法を専門とする「ウラマー(イスラーム学者)」ではなく、オスマン帝国の書記官を務めた文人であり、当時のイスラーム世界の世俗的な学問に精通した博覧強記の天才として知られています。書誌学、歴史学、地理学を深く修め、アヴィセンナ(イブン・シーナー)、アルガゼル(ガザーリー)と並び、西洋世界でも特に有名なイスラーム世界の知識人の一人です。
彼が著した、一万数千冊の書物を分類・編纂した書誌学の金字塔『疑念の解消』と、未完ながらオスマン帝国最大の世界地理書である『世界の鏡』は、2023年に人類史において特に重要な記録物を国際的に登録するユネスコ(UNESCO)の「世界の記憶」に選ばれました(ちなみに『世界の鏡』には日本列島の地図が収録されており、当時のイスラーム世界の極東観を知る上で貴重な内容となっています)。
本書は、17世紀のイスタンブルで起きた大論争――、学者から一般民衆まで、当時の科学や慣習、文化の「正しさ」を巡って争う様子を描いたものです。イスラームの教義と実践において騒擾の的となる論点をめぐるエッセイと、自叙伝的な結びの部分で構成されています。伝統的なイスラーム教育とヨーロッパの知的潮流の架け橋となった知識人による筆は、自由主義の精神と良識が息づき、散りばめられた辛辣なユーモアが小気味良く、イスラーム圏のみならず欧米においても高い評価を得た名著です。
本書訳者の「解説」にも詳しいですが、著者は様々な論題を巡って、明確な立場を表明するよりも「人間社会には様々な異なった考え方があること」「誰もが自分の考え方を正しいと思っていること」「しかし、だからといって他人に自分の考えを押し付けることはできないこと」を繰り返し強調しています。これはSNSをはじめ、様々な言説の場でこれまで以上に多くの対立が生まれる現代社会においても価値を持つ考え方だと思います。
イスラームへの関心、17世紀オスマン帝国で生きた知識人の生涯に興味をお持ちの方はもちろんのこと、「普遍的にものを考えるとはどのようなことか」ということに興味を持つ方にも、ぜひ手に取っていただきたい本です。