日本の治水対策に対する提言書
矛盾の水害対策
公共事業のゆがみを川と森と人のいとなみからただす
- 四六判
- 280頁
- 2500円+税
- ISBN 978-4-7877-2315-4
- 2023.12.02発行
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書評・紹介
紹介文
「シンプルで極端な見解には、必ず意図的な捨象や独断が含まれている。そんなことでは、複雑な自然に対峙することなどできない。予測できない自然と人間のいとなみの折り合いを、森林水文学者が多角的に模索する――中島岳志」
どんなに強固な治水対策をしても、洪水や土砂災害は防げない。特に激化する大雨被害は、人間活動の結果である地球変動が原因であるのに、堤防やダムをつくり続けることで対応するなど、人新世の現代では完全に間違った対策である。最新科学を理解すれば、水害や渇水や土砂災害対策において何を優先するべきか、明らかなのである。
国土交通省も、近年は頻発する水害が防ぎ切れないことを認め、堤防やダムだけでない、流域の住民と協力する「流域治水」プロジェクトを進めている。
けれども、長年にわたり、水害裁判やダム建設で対立を続けてきた流域住民と国が協力することなどできるのだろうか。そもそも国の方針は、川の上流をインフラで固めて、山村の農業や林業を壊滅させていく公共事業に変わりはないからである。
こうした矛盾だらけの水害対策に、研究生活50年の森林水文学者が異議を唱え、「望ましい水害対策」のあり方を探る。
目次
はじめに
0・1自然災害の原因は地球活動である
0・2なぜ、水害はなくならないという前提に立てないのか
0・3水害対策に必要なふたつの提案
0・4水掛け論を超えた水害対策を探る
第1部 水害対策と対立の歴史
第1章 水害ではなぜ対立が生まれるのか
1・1災害復旧工事を繰り返して造られてきた風土
1・2川のもつ自然性からもたらされるふたつの困難
1・3大東水害裁判のかみ合わない対立
1・4医療裁判との比較から水害裁判をみる
1・5淀川水系流域委員会における議論の経過
1・6堤防強化とダム整備事業計画との相容れなさ
1・7改良を追求する大和川の付け替え事業
1・8江戸時代の淀川流域の複雑な利害関係
1・9瀬田川浚渫に対する下流の猛反対
1・10利害調整の結果としての天保のお救い大ざらえ
1・11河川事業がかかえる利害調整のむずかしさ
第2章 河川整備事業における苦悩の戦後史
2・1戦後の河川整備事業の出発点
2・2改良追求事業の基準を決める水文設計
2・3水害裁判における国の防衛ライン
2・4川に対して環境保全を要望する声の高まり
2・5長良川河口堰反対運動の衝撃
2・6環境保全問題への河川官僚の対応
2・7合意形成への河川官僚の対応
2・8河川法改正後も残された対立
第3章 基本高水流量の値に根拠はあるのか
3・1利根川の河川整備計画への疑問
3・2学術会議における基本高水流量検証
3・3森林の保水力向上について
3・4貯蓄関数法による流量推定方法を理解する
3・5洪水流量に及ぼす地質の大きな影響
3・6山地流域における洪水流量推定のむずかしさ
3・7はたして200年確率流量を推定できるのか
3・8やれることを目標に言い換えた河川整備計画
第4章 安全性向上の哲学では改善されない対立構造
4・1川の自然性から生じる水害対策の矛盾
4・2改正河川法の理想と矛盾する安全性向上の哲学
4・3ダムの放流操作の困難さ
4・4予測できない自然を人間が操作する矛盾
4・5河川整備事業への世論の後押し
第2部 対立緩和に必要なのは自然を理解すること
第5章 水循環を森林の蒸発散から考える
5・1水循環の普遍的な理解の必要性
5・2地球の水循環と水収支
5・3水のリサイクルが支える内陸の湿潤気候
5・4少雨年にも減らないカラマツ林の蒸発散
5・5森林放火事件をきっかけとした水文観測
5・6今も続けられる竜ノ口山試験地での水文観測
5・7森林損失による年間の水収支の変化
5・8日照りの年にも減らない森林の蒸発散量
5・9明らかになった森林放火の効果
5・10森林の蒸発散を通じた水資源への影響
第6章 緑のダムを再評価する
6・1流路システムに基づく水文設計の問題点
6・2はげ山の斜面で雨水はどう流れるか
6・3森林でおおわれた斜面で雨水はどう流れるか
6・4斜面の地下構造からみた流出メカニズム
6・5大雨時のピーク流量を低くする森林土壌層の効果
6・6土壌層の厚さによって異なる大雨時のピーク流量
6・7洪水流量緩和と土壌層の効果
6・8ダムは緑のダムの代わりができるか?
第3部 人新世の時代の水害対策
第7章 自然を理解して水害対策の方向性を探る
7・1自然災害を相互作用の視点から位置づける
7・2江戸時代をモデルとする限界点の検討
7・3治山事業の木に竹をついだ構造
7・4高度経済成長がもたらした社会のひずみ
7・5安全性向上の哲学と荒廃する日本
7・6改良追求から維持回復の水害対策へ
第8章 望ましい水害対策への道
8・1絵に描いた餅にしないための水害対策
8・3改良追求欲求と限界点越えの危機
8・3立場の死守と「木に竹構造」
8・4改良追求の自主的な抑制をめざす試み
8・5災害対策の展開をはばむ利己主義の問題
8・6遺伝子複製の原理からみた人間の利己主義
8・7主体的な欲求抑制とエゴイズム
8・8軸の時代に始まる有限な自己と無限の世界
8・9維持回復事業が優先される条件
8・10軸の時代Ⅱへの軟着陸
おわりに
文献一覧
出版社からのコメント
「水文学」とは、気象学と同様、地球科学に含まれる主要な学問のひとつで、水害対策に科学的根拠を与えることができる学問です。著者の専門はその中の森林水文学で、森林生態系を維持する水の物質循環のメカニズム明らかにし、森が水循環に及ぼす影響について研究してきました。
本書は、長年、水害対策に科学的根拠を与えてきた著者が、日本の治水政策の矛盾を追求し、望ましい水害対策について考察した提言書です。
著者はこの本の中で、これからの水害対策は、土木工学や水文学(理学)の専門家だけではなく、哲学者などの社会科学の専門家、そして一般の人々とも協働する超学際的研究が必要であると論じています。新たな水害対策は、●●ムラといわれる呼ばれる中の人たちだけで政策を決定する、日本の悪習を変えることから始まるのかもしれません。