鷲田清一氏評(朝日新聞「折々のことば」2020.5.27&2022.4.1)
暗やみの中で一人枕をぬらす夜は
ブッシュ孝子全詩集
- 四六判上製
- 168頁
- 1900円+税
- ISBN 978-4-7877-2007-8
- 2020.04.10発行
- [ 在庫あり ]
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書評・紹介
紹介文
◎「朝日新聞」2020.7.19
《早世の詩人・ブッシュ孝子、死後半世紀経て全作品集 いま語りかける、魂のうた》
◎カニエ・ナハさん評(「読売新聞」2020.7.4)
《隔たりを越えて繋ぐ言葉》《詩人の真摯な声が、まるでいまイヤホンで、耳もとで囁かれたように間近に聞こえる》
◎藤井佳之さん評(「北海道新聞」2020.6.27)
《詩に触れることで誰かを想う…死を超えても生き続ける、本当のことだけを語る言葉から》
◎和合亮一さん評(「毎日新聞」2020.5.28)
《病の進行の不安にさいなまれながらも、こんなふうに創作の泉に出合っている姿がある。…読み耽りながら、心の中にせせらぎが生まれているような気がした》
◎鷲田清一さん評(朝日新聞「折々のことば」2020.5.27)
《持つ人と持たない人に裂かれた社会。けれども、失ってはじめてそれがいかに希有(けう)のものだったかを知ることがある》
暗やみの中で一人枕をぬらす夜は
息をひそめて
私をよぶ無数の声に耳をすまそう
……夜の闇にこだまする無言のさけび
あれはみんなお前の仲間達
暗やみを一人さまよう者達の声
沈黙に一人耐える者達の声
声も出さずに涙する者達の声
——本書より
誰でも、年齢を重ねれば危機と呼ぶべき時節に至る。私はそうした日々に彼女の詩に出会った。ブッシュ孝子の言葉と巡り会うことがなければ、今、こうして言葉を紡いでいるかどうかも分からない。書くことすら、どこかで諦めていたかもしれない。私は彼女の言葉に救われたのである。
——若松英輔
夜の闇にこだまする無言のさけび——。若くして病を患い、闘病中にドイツ人青年と結婚した女性が、命を終えるまでの五か月間にノートにつづった詩のことば。かつて河合隼雄氏、神谷美恵子氏が著作で紹介し、多くの読者が復刊を待望するブッシュ孝子の詩集を、未発表の作品も収録し刊行。若松英輔による解説を付す。
目次
夢の木馬1 (旅立ち)
夢の木馬2 名も知らぬ異国の港町にて
夢の木馬3 雑踏
夢の木馬4 廃屋
夢の木馬5 夢の中の少年
せんせい 私に教えてください
美しい言葉が次々と浮かび出て
夢の中で
夢の中で
まあちゃん
この町はきらい
素直なことばで
人生
今日の私は酔っ払っている
おばあちゃんがコスモスをつむ
たより
もしも 私が死んだら
先生 私の病気を
秋
母に
かわいそうな私の身体
私は信じる
汽車が都会に近づくにつれて
ファーラーさん
都会
新米の詩人へ
小さな詩
昔語り
私に
わたし
私のために生きようという人がいる
先生がいった
神様
あなたに
赤いガーネットのロザリオを首にかけよう
私は ひとり進み出る
折れたバラ
みなさんどうぞ 私を守ってください
(日よう日)
メルヒェン
文化生活
神様のお顔
愛ということば
私には愛について語ることなどはできない
かわいそうなたかこちゃん
みなさん
あやまち
マールブルグの少年
Hospital of the National Cancer Center
待合室にて
待合室にて
青い目の(日本)人
私の空
ジギーとクリステル
おばあちゃん
おばあちゃんのいびき
私の身体はモルモットみたい
シャンソン
この道はどこに行く道
いのり
ハイデルベルク
らせん階段
九月の一日
マルセーユの歌
暗やみの中で一人枕をぬらす夜は
赤や黄色や緑の車をつらねた
高い空の上で
追いかけっこ
十七歳
家にもどる道がどうしてもわからなくて
九月の庭 色とりどりの思い出で一杯
私の身体が痛みと闘っている時は
秋もさかりのこんな一日は
詩は生命から生まれる
ものさし
道
誰でも人は自分の奥深く
死ぬのがこわくないといえば
口にも出せずに涙も見せずに
いい話をしてかえってきた日は
凡人なる凡人は
この私ですら耐えがたい
一陣の強い風が
昔 こわい夢に驚いて真夜中に目が覚めると
S先生に
戦いは戦場ばかりではない
朝 しじまを破るベルの音
ゆきんこが
病院の一室でむかえる
迷子の小鳥は
ああローソク
失うという事を
魂のうた——詩人ブッシュ孝子の境涯 若松英輔
略年譜